2010年11月02日

デメの思い出

10月29日(金)、2010年ツアーチャンピオンシップ、ラウンドロビン4日目。
対スキアーボーネの試合が終わって、デメがオンコートで引退を表明しました。
これはまた青天の霹靂。
tennisworldを開けたら、デメが引退スピーチしている! というスレタイがトップにありました。なんじゃあこれ? 
ガオラを見たら、デメがまさにスピーチをしており、愕然としました。
出場選手たちがコートに集合していて、ベラママが端に参列。デメの目に涙はなく、よどみもないスピーチでしたが、一見して優勝スピーチとは違う、妙に温かく湿っぽいものが漂っていました。

なんで? 

年初から、今年で引退と決めていたそうです。

interview

>>ELENA DEMENTIEVA: Well, I always had a dream of winning French Open, so starting you know, playing this season, I just wanted to give myself another try. After Olympic Games, that was the biggest dream of mine. I was so close.

デメ:フレンチオープンに勝つことがずっと夢でした。今シーズンの始めから。オリンピックの後、私はそれに賭けてきました、一番大きな夢でした。とても近づいたのだけど。
<<

§思い出すのは、今年のフレンチオープンのセミファイナルのスキアボーネ戦。第1セットを取られた後。コート上で、サンバイザーの下で、デメが涙を堪えていました。グッと引き下ろしたバイザーの下で唇がわなないていました。悲願のグランドスラムタイトルに手が届く、そのチャンスを自ら手放さなければならない痛恨が伝わってきました。
 今思えば、その程度の痛恨ではなかったのですね。
今年のフレンチは優勝に手が届く大きなチャンスでした。エナンもセレナも負けて、私はストーサーの優勝を予想していましたが、ファイナルにはデメが来ると思っていたし、デメにチャンス到来だな! と思っていたものです。それが左か右か忘れましたが、ふくらはぎの怪我でリタイアとなってしまった。あの時のデメのわななきは、自分が全力賭けて取りたかった夢が消えた瞬間の慟哭でした。

§年初から引退を決めていたが、それは家族と親しい人にしか知らせていなかったそうです。
「引退を言われ続けながらプレイしたくなかったから」だそうです。
また「テニスへの情熱があるうちに引退したかった」とも話しています。ランキングがずるずると落ちていく状態で続けたくなかったということです。「このニュースはボーイフレンド以外はうれしくないでしょうね」と言っていますので、結婚が近いのかもしれません。
ひと言で言うと「潮時です」みたいなことなのですが、デメが、こんなに洗練された、かつ男前な引退をするとは。カッコイイではないですか。泣き言も言わず(言っていたのかもしれませんが)、引退なんておくびにも出さす、スパッ! と後腐れなく。
スパッ! はエナンも同様ですが、何なんでしょう、この違いは。エナンの場合、思い切り後腐れがありました^^;

>> Q. Which is the best moment in your sports career that you would never forget it?
ELENA DEMENTIEVA: Well, there are a couple of things, couple of weeks that I will never forget. I would never forget my first tournament that I won on the tour, because I was waiting for this moment for a long, long time.
I remember I won in Amelia Island, one of the very popular tournament on the tour, beating like four, you know, top 10 players. Beating Justine in the semifinals, saving match point, I still remember that. And then beating Lindsay Davenport in the final, I was so exciting to win my first event.
For sure I will remember all the experience in the Olympic Games. My first Olympic Games in Sydney with a silver medal; disaster in Athens; and for sure the gold medal in Beijing. I will never forget it. That was the best week of my career. Yeah, like I said unforgettable experience.

デメ:初タイトルのことは決して忘れないでしょう。長い長いこと待ち望んだものでした。アメリア・アイランドの大会です。WTAでもポピュラーな大会のひとつです。セミでジュスティーンを破って、マッチポイントをしのいで、今でも覚えています。それからファイナルでリンゼイ・ダベンポートに勝ちました。私の初タイトルでとてもエキサイティングだったわ。
 もちろんオリンピックの経験も忘れないでしょう。私の初めのオリンピックはシドニーで銀メダル。アテネでは散々で、そして北京で金メダル。決して忘れません。私のキャリアで最高の一週間でした。忘れられない思い出です。<<

私も覚えています。2003年のアメリア・アイランド、セミファイナル。
エナンはその前の大会チャールストンで、当時無敵のセレナに勝って優勝。WTAファンの間で大いに盛り上がっていました。それぐらい当時のセレナは強かったし、当時のエナンはブレイク前夜でした。翌週のアメリア・アイランドにも当然、断然、優勝候補として乗り込み、そしてセミのデメ戦、まさかの逆転負けでした。スコアは36,64,75。エナンがデメに初めて負けた試合でした。しかもクレー(グリーンクレーでしたが)だったので、けっこうショックでした。

§デメはハードコートに強い選手という印象がありました。
2000年、初めてベスト4に進出したグランドスラムはUSOPENでした。近い将来トップに来る、そう予想されていたと思います。私はその頃のデメはよく知りませんが、とにかくショットが強い、ハードヒッターというレッテルが貼られていたと思います。だからフレンチオープンが一番の夢だったというコメントは、ちょい意外です。
初めてのグランドスラム決勝進出が2004年フレンチ。この年はエナンが2回戦で早々に敗れたため、ほとんど記憶になく、決勝は見ましたが、驚くほど盛り上がらない展開でミスキナ優勝でした。その後、2008年にクオーター進出という成績があります。でもフレンチが一番欲しかったとは。

→つづき
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2010年10月08日

最新インタビュー

グリニーがポストしてくれたエナンの最新インタビュー。
フランス語を英語にトランスレートしてくれました。元ネタはベルギーのDH.beのようです。
その中から、エナンの声だけをさらに和訳してみます。
名付けて「メチャー2011」キャンペーン始動!

■I Was Never Hung Up About By My Size (05/10/2010)
By Serge Fayet

“Officially, I measure 166 cm and a 1/2. And I emphasize the half!", she smiled. “The majority of the players have ten centimeters over me, but I was never hung-up by my size. I have other assets like speed, the reflexes or explosiveness. It's obvious however that if I want to find a certain consistency in my performances, I will have to be as strong physically as the time of my first career. There is an important muscular reinforcement work which much be done in order to avoid new problems. I cried before in training when I worked with Pat Etcheberry (1st career), but I know that it is necessary to do it. I never lost my heart for competition. And there will be no questions about year-end holidays. I already had my vacation when I went to New York then to Rome".

JH「オフィシャルには私の身長は166.5センチです。だから0.5センチ、サバよんでいるのよね! 選手の大部分は私より10センチぐらい大きいけど、私はサイズで諦めたことはないわ。私はほかの武器、スピード、反射神経、爆発力を持っています。それが、いかに安定したパフォーマンスにつながるかは明らかでしょう。私はフィジカル面で、ファーストキャリアと同じぐらい強くならないといけないでしょう。新たな問題を避けるために、筋肉の強化は大切です。私は以前、パット・エチェベリーとトレーニングした時に泣きました(ファーストキャリア)、でもそれは必要なことでした。私は試合中に戦う気持ちを失ったことはありません。年末のホリデーについては何のクエッションもありません。私はすでにバケーションを取りました。ニューヨークとローマに行って来ました」

〜〜〜〜
えええっと。ニューヨークへ行ったというのは、この前のUSOpenのことでしょうか? それからローマへ行ったってこと? ええっと、つまり年末のホリデーはもう取っちゃったってことでよろしかったでしょうか^^;

→つづき
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2010年09月22日

WTAツアーカレンダー2011

WTAの2011年のツアーカレンダーが発表になっています。
TourCalendar_2011.pdf

大会の格付けが色分けされていて、私もこれでようやく今の大会の格付けが把握できました^^ WTA、ぐっじょぶ。

9月13日付けのレース・ランキングを見ると、エナンは9位でした。
ytd_champ_sgl.pdf

10大会で3,415点。アベレージにして341.5点は、まずまずの成績でした。
夏以降も出場できていれば、年末マスターズの出場権は間違いなく取れたでしょう。ちくしょー。

早いもので、エナンの復帰宣言から1年が経ちました。
状況はまったく違うとはいえ、来年1月の復帰を心待ちにしている今の状況は、去年とちょいと似ていなくもありません。わななく期待と不安感。
右肘の負傷で、エナンはウインブルドン以降を棒に振る羽目になりました。
先日、ようやく「ラケットを握った」とツイッターで報告。練習再開です。
7月にベルギーで行われたエキシビ以来、写真も見ていませんので、今頃どんな姿形になっているのかわかりません。筋トレに勤しみすぎて、またムッキムキになっていたらどうしようと、どうでもいいことを心配しています。

今年の残る関心はエナンの年末ランキングです。
今年、ワイルドカードからの出場になったグランドスラムを見て痛感させられたのは、シード8位以内でないとドロウが厳しいという、まあ当たり前といえば当たり前のことでした。
エナンのファーストキャリアでは、4位以内ならセミまでウイリアムズ姉妹と当たらないなとか、2位と3位ならハーフは分かれるなとか、ごくハイレベルなことを考えていればよかった。しかし、シードがついても20位とか17位とかだと、4回戦までにヒジョーに厳しい対戦になってしまいます。
AOは2回でデメ。フレンチは3回戦でシャラポワ。ウインブルドンは4回戦でキム。回を追うごとにひとつずつラウンドは上がっていったものの、毎度前半戦で決勝のようなカードでしたね。何度となく繰り返された「このラウンドではもったいないカードです」は、エナンの復帰を何よりも実感させてくれる出来事で、メディアを大いに盛り上げてくれましたけど。これを見ると、やはり8位内に入っておきたいよなーと思うわけです。
来年のAO前はホップマンカップに出場する予定ですが、これはエキシビですからポイントになりません。ブリスベンのポイントを失って、シドニーにも出ないとすると、エナンのランキングは10位前後でしょうか。

で、年間ナンバー1は? レース・ランキングを見ると、1位はウオズニアッキですよ! セレナは東レで復帰? するようなので、セレナとキムの争いになるような気がします。










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2010年08月19日

年内欠場

右肘の怪我の回復が遅れ、エナンは年内復帰はなくなりました。

Elbow injury ends Justine Henin's season(BBC)
"Unfortunately the healing process is taking time. This means I must be patient," said Henin.

先月終わりに、「うまくすれば8月後半からトレーニングが再開できるだろう」という見方が出ていたのですが、うまくいかなったわけです。ベルジャン・メディアにはもっと楽観的に、秋のシーズンはマスターズを目指していくだろうという見方も出ており、私はすっかりその気になっていたのですが、残念です。
なによりエナンの落胆は、いかほどのものでしょう。想像しても仕方ありませんが、相当悔しい思いをしているのではないでしょうか。怪我のリスクはつきものとはいえ、復帰して、いい成績を収めて来て、これからと言うときにシーズンの半分を棒に振らなくてはならなくなるとは。

復帰戦は、来年1月のホップマンカップになります。きっと怪我は完治して、ばりばりハングリーに出てくることと思います。それを期待します。復帰1年目がこうしてパートタイマー的に不完全燃焼で終わりましたが、これによってエナンの負けん気が沸々と発酵し、たぎっていくことを期待します。

私のWTA2010もこれにてほとんど終了。まだこんなに暑いのに。

エナン、来年1月、元気な姿を待ってます。ALLEZ!!

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2010年07月09日

BEST OF BELGIUM

7月8日、ベルギーで行われたエキシビBEST OF BELGIUMは、無事、観客数史上最大をマークしました。35,681人です。

Record crowd sees Clijsters beat Serena Williams(BBC)

怪我でプレイできなくなったエナンに代わり、呼ばれたのは世界ナンバー1のセレナ。試合は、ストレートで無難にキムの勝ち。アンパイアはナブラチロワ、セレナのバックアップ(?)にスキアボーネまで呼ばれたそうです。会場には、フェドカップキャプテンのアペルマンス、ベルギーの有名な女子陸上選手、北京オリンピック高跳びで金メダルの女子選手(名前わからなくてごめん)も来ていました。
ま、観客数が1973年に行われたBattle of the Sexes match between Billie Jean King and Bobby Riggsを超えることが命題だったエキシビですから、目標がクリアできてよかったですね。

で、エナンですよ。
media_xl_3789422.jpg
ちゃんとかわいい格好で来たじゃないですか。手を振るポーズもサマになっていて、昨年の芸能活動がムダじゃなかったことを示しています。

もういっちょ。
albumlarge3789494.jpg
スキアボーネを出しておきたかっただけです^^ ほんま、面白いですね、この選手は。
こうして見ると(こうして見なくてもだけど)、やっぱりエナンは小柄です。フツーの人じゃん。セレナがでかいのか。おお、全員GSタイトルホルダーですね。すごい5ショット+誰、このおじさん? 主催者か。
そのエナンの右肘には、しっかりとギプスが巻いてあります。色が服と合っているので、一見、ワンピースの一部かと思いました。
思えば、エナンは4月のフェドカップで左手の小指を骨折し、今度は右肘の靱帯損傷と、アクシデントが続きました。ファーストキャリアのエナンは、元々痛めていたところを悪化させたとか、足首捻挫ぐらいは何度もありましたが、大きな突発的怪我はありませんでした。今思えば、それはラッキーだったのかも。
とにかく肘をやっちまったのです。絶対、完治するまで出てこないでほしい。テーピングなど必要ない状態で復帰してほしい。こちら1年と半、待った実績があります^^; いくらでも辛抱強く待てます。でも、早く治ってね。

posted by ochappa at 22:42| Comment(30) | TrackBack(0) | 2010/7〜NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする