2016年06月01日

コーチのエナン

エナンがローランギャロスにいます。
ウクライナのスビトリーナのコーチとして。今日は4回戦のセレナ戦。
あっという間に終わってしまいましたが、その間、何度か観客席で試合を見守るエナンが映りました。
こりゃいかんわ〜という顔で。
隣に座っていた男性もコーチなのか。エナンはたしか2月から正式にフルタイムのコーチになったと聞いています。この写真は笑っていますが。笑っていられない内容でしたね。
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相手はセレナ。かつて死闘を演じた相手に、今は教え子が闘いを挑む。そして完敗。
最近のセレナは最強だと思います。エナンと闘っていた頃より、心技体、すべて一皮も二皮も剥けて完璧なプレイをしています。調子が悪ければ悪いなりに、落ち着いてプレイしています。エナンも知らない最強セレナなのです。いったいスビトリーナにどんな策を授けたのでしょう。
プレイを見ている限りでは、コーチがエナンだ、なんて誰も気づかないでしょうね。
私はセカンドセットからしか見ていませんが、スライスも使わなければ、ドロップも使わない、チェンジオブペースがありません。こんな一本調子で打ち合ってもダメだよーというテニスなのでした。

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何を教えているんでしょうね。で、スビトリーナはエナンに何を期待してコーチを頼んだのでしょうか。
これで白いキャップを被っていてば、往年の面影が拝めそうですが。

で、ゴファンです。今日、4回戦、グルビス戦に勝利! 初めてのクオーターです。相手はオーストリアのティエム。こちらもまた私の好きな選手ですが、勝ってセミへ行ってほしい!!
エナンの運をもらって! ほい!
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私はゴファンが好きです。なんつうか動き方がちょこまかしていて好きです。ああいう動き方が私は好きなのだと思います。姿形も顔も好きです。つまりかわいい。ヒゲ生やしちゃって、なんで?

今日のセレナ戦を見ていて、昔のエナン戦のビデオを見たくもなりました。もう何年も見ていません。見ても、もう悲しくなるようなことはないと思いますが。
それにしても女子テニス。十年一日の如しではないですか。スポーツの中でもとりわけ過酷なプロテニスの世界で、こんなことが起きていることに驚愕します。セレナひとり、高みに登ってしましましたね。姉ビーナスも4期戦進出で驚きましたが、こちらはバシンスキーに敗れました。脱帽です。ウイリアムズ姉妹。エナンの記憶も、偉大さも、彼女たちと張り合った選手として残るのでしょう。

※追記〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ググっていたら、スビトリーナがエナンのアカデミー出身であることがわかりました。
長いつきあいなのですね。
http://www.afpbb.com/articles/-/3076640
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2016年03月14日

エナン殿堂入り

昨年(2015年)から噂に上がっていたことではあるが、いよいよエナンがテニス殿堂入りします。
デンドウ…… うーーむ。あのエナンが33歳にして殿堂。
いっしょにお入りになるのはマラト・サフィン。
ツーショット撮るのか? 撮らないのか?

Justine Henin, Marat Safin Will Got Into The Tennis Hall Of Fame This Summer
タイトルの始めにエナンが来るあたり、さすがです。

おめでとうエナン。

そういえばって何ですが、スビトリーナという若手のコーチに就きましたね。2月はフルタイムになったようです。あのエナンがコーチ・・・教えるの、 へたそう・・:) 両手バックハンド教えられるのかしら? 
アカデミーを何年もやってますから当然できるでしょうが。
で、そのスピトリーナ選手、私は1回テレビで見ました。特に印象残ってないんだなこれが。
がんばれエナンコーチ! ってやっぱエナンを応援しちゃう。

→つづき
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2013年03月31日

エナン、ママになる

3月20日、エナンが女の子を出産しました。
出産した日にフェイスブックで報告され、その英訳。
”We were anticipating this so much, and now it has happened, this afternoon a little fairy arrived to illuminate our lives… She is called Lalie, she is in top form and we are really delighted! Justine and Benoit.”
>>私たちが待ちに待っていた、今それが実現しました。今日の午後、私たちの人生を輝かせる小さな妖精が訪れました。彼女はLalie,彼女は完璧で私たちは大喜びしています!

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あのエナンが。ついにママ!
父親はイタリア人のBenoitさんで、まだ結婚したという情報はありません。二人がどこに住んでいるのかもわからないのですが。
無事に生まれてよかった。子どもを欲しがっていましたからね。
1回目の引退後、エナンに子どもができていたら2010年のカムバックはなかったはずです。2011年1月、思ったよりもずっと早まってしまった引退フォーエバーから2年。エナンは幸せそうです。
3月はエナンの母親の命日の月です。以前エナンはマイアミの大会のインタビュー、3月は悲しい月なのでいつも調子が悪いの、ということを言っていました。今3月がエナンにとって、喜びの月にも変わったかもしれません。
名前はなんとラリーちゃんですよ。強気ですねえ。エナンはラリーちゃんにどんなラリーを仕込むのかなあ^^
バックはやっぱり片手でしょう! 早くしないと女子テニスから片手バックハンドが絶滅します。
がんばれラリー! おめでとうエナン!
そんでもって私は早くエキシビでラケットを振るエナンが見たい。

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2012年09月23日

エナンのおめでた

Benoit et moi avons une belle nouvelle à vous annoncer… Et oui, bientôt nous serons trois… Notre petit bout arrivera au mois de mars… Nous sommes super heureux !

ということで、9月12日、エナンはフェイスブックで妊娠を報告。
引退後、恋人報道のあったイタリアンのBenoitさんとの間に子どもができて、来年3月の出産予定。
合わせて結婚という報道は見ないので、いわゆる事実婚になるのでしょうか。
イタリアンのBenoitさんの情報が乏しく、いまだに何者かよく知りません。40代前半だと思いますが。
エナンは来年31歳。一度目の引退の頃から子どもが欲しいと言っていました。妊娠しなかったことが、2010年のカムバックにつながったとも言えます。
ネット報道では特に目立った報道は見られません。Yahoo Sportsには出ていなかったような。ま、騒ぐほどのことではありませんね。私も特に驚きませんでした^^ ま、できればお子さんは、エナンのように俊敏で、エナンよりちょっと愛想のいい、片手バックハンドプレーヤーになってくれれば最高です。
とにかく、おめでとうエナン。


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2012年06月17日

RG2012インタビュー

ローランギャロス2012に、エナンはテレビコメンテーターとしてやってきた。オフィシャルサイトにエナンのインタビューが1本、載っていた。

■Justine Henin: I was like a machine, and I regret it
Thursday, June 7, 2012 By Benjamin Adler



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Q Justine, what is your biggest fear?
ジュスティーヌ、一番怖いことは何?

Being abandoned. I’m afraid of being alone, like most people I guess. But I’m doing everything I can to make sure that doesn’t happen (smiles). Otherwise I don’t have any phobias, really, no specific fears to speak of.
見放されることね。ひとりになるのが怖いの、人が一番好きなのよ。だからそうならないようにできることは何でもするけど(スマイル) といっても実際のところ、特に話すような怖いことはないけどね。

Q What is the first dream you made come true?
初めてかなった夢は?

When I was a kid, I lived for tennis, and there wasn’t much room for anything else. When I was a teenager, I had posters of Steffi Graf in my room, and I dreamt of winning the French Open. So when I met her and won here, I made two big dreams come true. A bit later, when I was 22, I went skydiving – that was something else I’d dreamed of doing.
子どもの頃、私はテニスのために生きていて、他のことをする余裕はなかった。ティーンエイジャーの時、部屋にシュテフィ・グラフのポスターを貼っていたわ。それとフレンチオープンで優勝するのが夢だった。だから彼女に会って、ここで勝って、私は2つの大きな夢がかなった。それから少し後に、22歳の時、スカイダイビングしたんだけど、それはテニス以外で夢だったことだったわね。

Q When were you most angry with Carlos Rodriguez (her coach)?
カルロス・ロドリゲス(コーチ)にもっとも怒ったのはいつ?

I was angry a lot, but I usually managed to keep it in (smiles). I remember one time when I really exploded. It was at Amelia Island, during a match against Conchita Martinez in 2004. I wasn’t feeling very well and later we found out that I had a virus – a bit like glandular fever. Carlos took me aside and started bawling me out on the side of the court, because I was playing so badly. I found that really unfair, so for once I yelled back. I really got stuck into him and he left the court. He never did that again. He was always pretty hard on me, but I knew it was for my own good. That particular time, I resented it. Generally speaking, I was lucky to have Carlos, but he was also lucky to have a player that put up with him for fifteen years (smiles).
私はしょっちゅう怒っていたけど、なんとか納めることができたわね(スマイル) 一度すごく爆発したのを覚えているわ。2004年のアメリア・アイランドでコンチータ・マルチネスと対戦した時。私は気分がよくなくて、その後ウイルスに罹っていることがわかったの。腺異常の熱があって。カルロスは私の脇で、コートサイドで怒鳴り始めたのよ、私のプレイがすごく悪かったから。私はアンフェアに感じて、一度、怒鳴り返したわ。彼の前で本当に動けなくなって、彼はコートから出て行ったわ。彼は二度とそんなことしなかったけど。彼はいつも私にすごく厳しいのだけど、それは私のためを思ってのことだとわかってました。だからあんなに憤慨したのは特別ね。
ま、全体的に言って、私はカルロスがいてラッキーだったわ。でも15年間もいっしょにできる選手を持てて、彼もラッキーよね。
→つづき
posted by ochappa at 22:26| Comment(10) | TrackBack(0) | 2011〜NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月24日

エナンの新恋人

先週ベルギーのシャルルロワで行われたフェドカップを、エナンが新恋人と応援していたようです。
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グリニー情報によると、イタリア人のBenoit Bertuzzoという人で、映像関係の仕事をしているそうです。ベルギーサイトに記事も出ています。
Justine Henin est bel et bien amoureuse

えー、フランス語でなんだかわかりません。
40歳のおじさんなんですけど。知り合った経緯とか、ご存知の方、教えてください。
引退後のエナンは、本気で結婚のこと考えているモードに入っているようですから、ひょっとすると、この人とひょっとするかもしれません。私としては、ゴールインの前に何人かと浮き名を流して、そのたびにゴシップニュースをにぎわしてほしい、なんて思っています。できればひとりぐらい著名人とつき合って話題を振りまいてほしい。理想はフェデラーだったのですが、ちょっとムリそう^^; でもほかにテニス界にエナンと似合いそうな男はいないなあ。
年下の男はダメかいな?


*ツイッターを入れてみました。関連ニュースのメモにコメント欄を使ってきましたが、スクロールするのが長くなって不便だと思うので、使い方がいまいち分かっていませんが、試しに使ってみます。

posted by ochappa at 22:48| Comment(16) | TrackBack(0) | 2011〜NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月23日

test

Twitter


よくわからないけれど、ツイッター入れてみました。
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2011年03月06日

エナン分室開設

エナンが引退して一ヶ月余り。いろいろ思うところあり、それを「エナン分室」という別のブログにアップすることにしました。私の日記みたいなものなので、PDFで添付すればいい内容なのですが、PDFリーダーソフトしか持っていないため、ブログという形でオープンにすることにしました。
エナン分室

今後もこの「☆世界のエナン通信」にはエナンのニュースが出る都度アップしていきます。
いつぞやエナンのチャリティイベントとかご成婚! などのニュースが紹介できるといいな。「私がおばさんになっても」じゃなくて、おばあさんになっても^^ エナンのことはずっとフォローしていきたいと思います。
これまでこのブログを読んでくださったみなさん、いろいろ情報をお寄せくださったみなさん、長いことありがとうございました。感謝しています。おかげさまで、いいブログになったな〜と自負しております。これからもよろしくお願いします。

そしてエナンへ。これからもずっと、ALLEZ! Justine!! 

posted by ochappa at 23:14| Comment(32) | TrackBack(0) | 2011〜NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月23日

記者会見意訳

2月14日に行われた記者会見の内容を、英語のニュースサイトの記事から意訳。

Henin 'in mourning' after injury forces retirement(AFP)

>>"I regard ending my career more like a sentence that's been handed down than a decision I've made,"
"I've had to deal with a lot of injuries throughout my career but this time, at 29, I just can't go on."

"You have to be reasonable about things. When I came back from Australia, I had consultations with three different doctors," she added.
"The will is there, but physically I can't do it."

She added: "It got to the point that I needed 10 minutes in the morning just to get my elbow functional.

"The ligament wasn't solid enough to handle the intensity of the game. For me, it's like a sentence. Now I have to mourn the end of my career."

<<「キャリアの終わりは、私の決断というより、抗えない判決によるものです。」
a sentence that's been handed downという意味がいまいち掴めないが、sentenceには判決、処罰、有罪判決という意味がある。ドクターからの肘のNG診断を有罪判決=致命的な宣告と言っているのだろう。
「キャリアを通してたくさんの怪我を何とかしてきた。でも今回、私は29才、続けられない」
「オーストラリアから戻って、3人の医者に診せた。」「靱帯は、試合に耐えるものではなかった。それは私にとって、それは有罪判決のようなものだった。だから私はキャリアの終わりを嘆き悲しまなくてはならない」
「(テニスを続ける)意志はある、でもフィジカルの理由で、それができない」
「朝、肘が動かせるようになるまで10分かかる」

>>Henin admits her priority is to now lead as normal a life as possible.
"I'm going to miss all the great feelings you have as a professional tennis player. I hope I'll pick the racquet up again one day, but more than anything I want to live a normal life."
<<「プロテニスプレーヤーとして味わった素晴らしいフィーリングを私は恋しく思うでしょう。いつかまたラケットを握ることができたらと願う。でも今は何よりも、普通に生活できることを願っています」

>>Faced with doping rumours following her first retirement, Henin says she has nothing to hide.
"That hurts me, and all the people who have been part of my entourage. I can't accept that, nor will I forget or forgive. I have never cheated," she added.
<<前回の引退時に、理由はドーピングではないかという噂が流れたことについて。
「私も、私の仲間も傷つけられました。受け入れがたいことです。私は忘れもしないし、許しもしません。私は断じて嘘をついていないのですから」

どうやら今回の引退に関しても、ベルギーのメディアにドーピングの噂が流れたらしい。エナンはこの引退会見の冒頭で、「ドーピングの噂をした記者は、今すぐこの部屋から出て行ってください」と断固とした調子で言い渡した。もちろん、席を立つ記者はひとりもいなかったと、この記事は書いている。

Henin ponders surgery on elbow that ended her career(Reuters)
By Robert-Jan Bartunek BRUSSELS | Mon Feb 14, 2011 7:29pm GMT

>>Henin said her elbow problem was complicated and may need surgery even if she did not return to the game.
"I hope I will be able to live normally, without surgery. In a few months I will have to make a decision on that," she told a news conference in a Brussels restaurant on Monday.

"When I came back from Australia things were much worse than after the fall in Wimbledon in July," she said, referring to the tumble in the fourth-round defeat by compatriot Kim Clijsters at Wimbledon, the only grand slam title to have eluded her.
"I injured the tendon, the ligament and the nerve. It's quite a complicated case."
<<「手術をせずに普通に暮らせることを願っています。それについては、この数ヶ月で結論を出さないといけないでしょう」
「オーストラリアから戻った時、肘はウインブルドンで転倒した後よりも悪くなっていた。私の肘は腱、靱帯、神経にわたる、とても複雑な状態になっている」
ということで、手術を受けるかどうかは未定。

After retirement, it's a clutch semifinal that sticks in Henin's mind, not 7 Grand Slam titles(CANADIAN PRESS)

>>It was a match against French Open champion Anastasia Myskina of Russia at the 2004 Olympics.
"I was coming back from nowhere, down 5-1, and playing for the country, Olympic Games," the 28-year-old Henin said Monday, two weeks after announcing her sudden retirement because of an injured elbow, when asked to pick the match of her career.
After nearly three hours, she beat Myskina 7-5, 5-7, 8-6 and it perfectly showed what all had come to love in the Belgian − her never-give-up attitude.
She won the gold medal, too.
<<心に残る試合はと聞かれたエナンが挙げた試合は、2004年アテネオリンピックのセミファイナル、ミスキナ戦だ。
「私はどこからでも逆転してきた。1-5ダウンでも、国のためにプレイした」
3時間近くに及ぶ熱戦。ファイナルセット、2ブレイクダウンからの逆転勝ちだった。

>>"There is a physical limit. There is a lot of damage," Henin said. "Only surgery would give me a small chance."
This time, her mind is clear.
"It hasn't been my best, but I did try and I have no regrets," she said.
<<「フィジカルの限界です。ダメージが大きすぎます。手術しても、(治る)望みは小さいのです」
「100%の状態でないことはわかっていた。でも私はベストを尽くし、何も後悔はしていません」


→つづき
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2011年02月16日

エナンからのメッセージ

14日、ブリュッセルでエナンの引退記者会見が行われました。
会見内容のまとまった英訳がない。断片的な記事しか見当たらず。とりあえず、これがいちばんまとまっているっぽい。
Henin : ≪ J’espère un jour retaper dans une balle ≫
Rédaction en ligne
lundi 14 février 2011, 17:03

これのグーグル翻訳
とりあえず、これで心境を察するしかないか・・。これは後日、まとめてアップします。

エナンのOSにサポーター登録している人にメールが贈られた。私は新しいOSになってから登録し忘れたらしい。
これ、なんかすごくエナンらしい文章で・・。こんなに変わっていないのに、もうぜんぜん違う人生だなんて。

〜〜〜〜〜〜〜☆
Bonjour à toutes et à tous,

Comme vous l'avez appris il y a quelques temps, j'ai du mettre un terme définitif à ma carrière tennistique pour des raisons de santé. Ces dernières semaines n'ont pas été faciles pour moi, mais il faut aller de l'avant... Je tourne aujourd'hui une merveilleuse page de ma vie. J'ai vécu 20 années de passion, de bonheur, avec des hauts et des bas, mais je n'en garde que du positif.

Si j'ai tenu le coup tout au long de ces années, c'est aussi grâce à vous. Je tenais tout particulièrement à vous remercier pour votre soutien et votre confiance. Vous m'avez donné la force d'avancer et de donner toujours le meilleur de moi-même. Je ne l'oublierai jamais. Je me dirige maintenant vers d'autres horizons. J'ai plusieurs projets en tête mais rien de bien précis. Les choses seront différentes mais vous occuperez toujours une place particulière dans mon cour.

Merci, et à très bientôt, quelque part...

Justine

→英訳と和訳
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2011年01月29日

エナン引退

1月26日(水)、エナンが引退を表明しました。
ベルギーに戻って右肘の検査を受け、MRIの検査もし、手術が必要だと。1年ぐらいリハビリを要し、その後もプレイができるかどうかわからないということです。
AOの3回戦敗退から1週間も経たない、まだオーストラリアン・オープン中の出来事でした。記者会見は開かれず、エナンのスポークスマンから発表。OSにEND OF CAREER と発表されました。2月に入ってから記者会見をするようです。

前回の引退表明に勝るとも劣らぬ唐突さでした。しかし今回は、怪我によるキャリアの断念。また別のショックと辛さを味わっています。

End of career...
2011年1月26日 7:08 Justine Henin

Dear all,

I address my letter to you because this is currently the best way to express meself, I now experience very difficult times. I have unfortunately not good news. I spent the last days undergoing various medical tests and they have confirmed that my elbow has been damaged by my adventure in Australia.

親愛なるみなさん

みなさんに手紙を書きます。私から説明するのが一番いい方法だと思うので。
私は今、たいへん辛い気持ちでいます。残念ながら、いいニュースではありません。この数日、私はさまざまな検査を受けました。結果、私の肘はオーストラリアでのアドベンチャーによってダメージを受けたと診断されました。

After my crash at Wimbledon in June, I knew it would be difficult to come back. But I had decided to keep playing and to give everything to overcome the injury. In these recent months I have rarely been spared from the pain, those last months were very hard. Time has passed, and the doubts have grown, and only return to the courts would give me answers. Not the answer I was hoping for... unfortunately. I suffered a lot the last week and every day gave me more and more pain, but I believed that my will would take the upper hand. Today, the examinations are clearly and and the doctors formally, my elbow is too fragile and hurt so that my passion and my profession at high level cannot continue to exist.

6月のウインブルドンでの転倒で、私は復帰が難しいだろうことはわかっていました。でも私はプレイを続けようと、怪我を克服するためにすべてのことをしようと決めました。数ヶ月、痛みから逃れることはほとんどなく、あの数ヶ月はとても厳しかった。時間が経つにつれ疑問はふくらみ、コートに戻ることでしか答えは出ないだろうと。答えは、私が望んだものではありませんでした・・・、残念です。先週から痛みに悩まされ、それは日ごとに強くなっていきました。でも私は自分の意志の力が優ると信じていました。今日、検査の結果、ドクターは正式に、私の肘はかなり傷んでいると明らかにしました。私のパッションも、高いレベルでのプロテニスも、もう続けられないのです。

I'm in shock, of course, even whith the work of these past seven months I had to understand that there might be a reason for all this. After having well considered and following the advice of doctors, it is now clear and I accept that my career here ... ... finally ends. Even though it's hard, very hard, while I came back with a tremendous fighting spirit.

I'm sorry ... I had hoped for a different return and dreamed of a different ending. I will need time to process all this, but I remain convinced that even with little progress, my level with my return did not meet my expectations, despite everything I've learned a lot over the past 15 months.

ショックを受けています。たしかに。この7か月の努力にもかかわらず、こうなるかもしれないことは理解していました。よく考え、医者のアドバイスに従い、今、明らかになりました。自分のキャリアを受け入れるべきだと・・・、ついに終わりました。辛い、とても辛いことです。ファイティングスピリッツを持って戻ってきたのですが。
悲しい・・・私は、別の形の復帰をしたかったし、別の形のエンディングを望んでいました。プロセスするのには時間がかかるでしょう。それでもやはり、たとえ少し前進したとしても、この15か月で学んだすべてをもってしても、私の復帰時のレベルは自分の期待したものではなかったと納得しています。

I turn, and this time, an incredible page of my life ... What a wonderful trip, I have experience during all these years. Today I'm calmer and I can create a positive and rewarding look back on this experience in my life.

これで私は人生の信じられないページをめくります・・・なんて素晴らしいトリップだったことでしょう、この何年もの間、経験したことは。今日、私は落ち着いて、ポジティブにそして感謝の気持ちをもって振り返ることができます。

I would never have reached this level all alone, and I insist to thank all persons who sticked with me during adventures. My coach and my friend Carlos, my family, my friends, my whole team, all those who helped me when it was hard and have shared in my joy. Thank you to my partners for the confidence they have given me, for their support in all circumstances. Thanks to my medical staff who, these last months, were always available and always with great professionalism there for me.

私ひとりでは決してこのレベルへたどり着くことはできませんでした。このアドベンチャー中、私に携わってくれたすべての人たちに心から感謝します。私のコーチであり友人のカルロス、私の家族、友人、チームのみんな、辛い時には助けてくれ、喜びを分かち合ったすべての人へ。どんな時でも私をサポートしてくれ、私に自信を与えてくれたすべてのパートナーに感謝します。私のメディカルスタッフのみなさん、この数ヶ月、いつも有効なことを、素晴らしいプロの仕事をしてくれたみなさんへ感謝します。

Finally and most importantly, thanks everyone. Thanks for standing by my side during all these years. I will never forget your support and your loyalty. And if I only regret one thing, this would be that I've protected myself too hard and that I couldn’t stand closer to you.

I hope you will forgive me my clumsiness and a wonderful reminder of shared emotions will keep them together.

最後に、そして一番大事なこと。みなさん、ありがとう。長い間、私を応援してくれてありがとう。私はあなたたちのサポートと誠実さを決して忘れません。ひとつ後悔するとすれば、それは私が自分のことを守りすぎて、みなさんに親しくできなかったことです。
私の不器用さを許してください。そして感動を分け合った素晴らしい思い出を共に持ち続けていけたらと願います。

On the way to new adventures ...

See you soon, anywhere ...

新たなアドベンチャーに向かって・・。
また、どこかでお会いましょう・・。

Justine

→つづき
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