2007年12月31日

Golden Slam

気の早い話。

■Golden Slam beckons for Federer and Henin
「フェデラーとエナンを手招きするゴールデンスラム」
AFP

シーズン開始前だから、こういう浮いた話もオッケーね。
こういう話がいつまで出るのかがオリンピックイヤーならではの見せ所でもある。なんせオーストラリアン・オープンで負けてしまえば、もうゴールデンスラムのゴの字も出ないわけで。
男子の前例は知らないが、女子には1988年のシュティ・グラフのゴールデンスラムがある。これに続く選手として、グラフの崇拝者であるエナンであれば申し分ない。
ゴールデンスラムなんて、いくらファンの贔屓目に見てもムリだと思う。第一、ウインブルドンをその前に取っていなければならない。第二、オリンピックの2週間後にはニューヨークでUSOも取らなければならない。でもせっかく年の瀬だから、おもいっきり初夢に見たいと思うゴールデンスラム。がんばれ〜。

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2007年12月27日

エナンの12ヶ月(9)

■11月(チャンピオンシップ)

チャンピオンシップのドロウを待つばかりの11月1日、とんでもない事が起こった。ヒンギスの引退表明。ウインブルドンのドーピングテストでコカインが検出されたという報告。
決してドラッグは使っていない、100%無実だと信じている、しかしこんな嫌疑をかけられたままツアーを続けることはできない、と言ってヒンギスは引退した。もちろんその言葉を信じたい。ヒンギスは自分の検体が誤って取り扱われた可能性を示唆。しかし、もしそれが事実だとすると、今度は別の選手がコカインを使用したことになってしまう。
これまでアンチドーピング機関の検査結果の正確さが問われた記事を見たことはない。しかし考えてみれば、アンチドーピング機関の検査そのものは非公開。ここに不正が入り込む余地がまったくないのかどうか、これについて精査した人がいるのだろうか?・・・そんなことを考えたくなるほど暗澹たる出来事だった。
マドリッドでの記者会見でも、この事件に対するコメントが選手たちにに求められた。同情的なコメントが多い中、エナンだけは毅然と「テニス界にとってはバッドニュースだ」と言った。

ヒンギスショック冷めやらぬ中、グループ分けが発表。こいつがまた! エナン、ヤンコ、セレナ、チャクベターゼのイエローグループ。クズ、イバノビッチ、ハンツコバ、シャラポアのレッドグループ。いや〜っはっはっは〜っ! と笑ってしまった。

→つづき
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2007年12月24日

エナンの12ヶ月(8)

■10月

今年はエナンにとって実に4年ぶりの十月のシーズンだった。正確には2005年にポルシェグランプリに出場しているが、初戦で敗れてシーズンを終えている。昨年は膝の故障で欠場だった。
中旬のポルシェグランプリは3度目の決勝進出、3度目の正直で優勝を決める。ちなみに1度目は2001年の対ダベンポート、2度目は2003年、対キム。そして2007年、対ゴロビン。なんとも味わい深い顔ぶれだ。私はいつかこの大会、ゴロビンが優勝すると思う。
チューリッヒの決勝の相手もゴロビンだった。ポルシェ大会ではファーストセットダウンだったエナンだが、ここはストレートで優勝。4年前、ここを制して初めてナンバー1になったエナンは、今年ナンバー1として順当に優勝を収めた。

この秋はポルシェもチューリッヒもセレナを含め、かなりいいメンツが集まっていたのだが、上位シードがぞろぞろ早々に負ける中、エナンは負けようがない感じだった。この時期のエナンは、USOPENほど良かったわけではない。実際、チューリッヒのセミでもバイディソワ相手に1セットダウンしている。それでも負けない。数日遅れで次々とアップされるrottさんサイトのビデオを見ると、エナンのプレイがフェデラー化している。スーパーショットがパンパン出てくる。しかしエラーも多い。ファーストの入りも悪い。でも負けない。
年末チャンピオンシップスを前に、けっきょくトロントから20連勝。10月半ばにはもうイヤーエンドナンバー1が確定していた。2位のクズとの差が1800点ぐらい。順調すぎて怖いぐらい。

10月にはもうひとつ、ビッグトピックがあった。ドイツで行われたグラフのチャリティイベントにエナンは呼ばれて行ったのだ。もともとグラフとエナンのシングルが予定されていたのだが、グラフが直前に怪我をしたとかでキャンセル。しかし怪我の功名とはこのことだ、なんとグラフ&アガシのミックスダブルスが実現。相手はエナンとゴラン・イバニセビッチ! なぜゴランなのかわからないが、素晴らしいメンツではないか。エキシビには興味がないのだが、これはフルで見たい。アガシとグラフとひとつテーブルに並んで記者会見しているエナンを見て、改めてすごい選手になったもんだと実感する。今もグラフを見るエナンの目は憧れの人を見るその目そのもの、キラキラである。グラフに憧れ、グラフの試合を見に行き、グラフのビデオを何度も見てバックハンドの参考にしたというエナンが、今同じテーブルでお互いリスペクトする関係になっている。信じられない。これは小説でもなんでもない。現実は小説より奇なりだが、エナンは誰にも書けないファンタジーをやる。
 
そしていよいよチャンピオンシップス。すでに1位が確定しているなか、最後まで連勝を続けられるかどうか。自己最高記録の25なるか。信じられないほど贅沢な見所であった。
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2007年12月22日

パソコン持ち込み禁止令

今年大いに騒がれた八百長疑惑を払拭するため、オーストラリアン・オープンのオフィシャルがあれこれ打ち出した。

■Life bans, jail for match-fixers at Australian Open
REUTERS

>>Australian Open organisers have introduced anti-corruption measures including fines, bans and jail terms for any players found to be involved in match-fixing at next year's opening grand slam.
>>Wood said TA would establish an anti-corruption unit, which will be headed by former police officers, introduce a match-fixing hotline, ban the use of laptop computers courtside and increase security measures restricting access to players.

<<オーストラリアン・オープンでは不正をした選手に罰金、出場停止、はては懲役刑まで含む罰則を導入するそうだ。
テニスオーストラリア(TA)は元警官をヘッドにした反八百長ユニットを組織し、不正を見つけ次第通報。ラップトップコンピューターのコートサイドへの持ち込みを禁止。選手付き添いのセキュリティも増やすとのこと。

これだけではよくわからんが、コート内へのPC持ち込み禁止は観客に対するものだろう。(世の中ラップトップよりケータイだと思うが)
なんだか仰々しいことになってきたもんだ。
これは今回のオーストラリアン・オープンに限っての処置だが、これを皮切りに他のグランドスラムにも導入される可能性はある。





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エナンの12ヶ月(7)

■8〜9月(トロント、USOPEN)

ウエアが赤くなった。ウインブルドンで着ていたやつの赤バージョンで、これがまた似合わない。なぜなのだ。なぜアディダスはエナンにフィットした、エナンのためのエナン用ウエアを作らないのだ? 去年は作ったのに。ぜんぜん売れなかったとか(?)

前哨戦のトロントは、やっと向こうハーフに回ったヤンコビッチと決勝で当たって優勝。76,75と、すごいスコアのすごい試合だったが、ヤンコがエナンからセットを奪えなくなっていた。数日後にビデオで見たが、エナンの動きがまた上がっていて驚いた。スーパーなショットが普通に繰り出される。去年のニューヘイブンの大会でも、私はエナンのプレイがワンランクアップしたと思ったのだが、久しぶりにハードコートの試合を見ると、そう感じられるだけなのだろうか。
ここでエナンのサーブがマイナーチェンジしていた。約1年、両腕ともほとんど振り下ろすことなくトスアップに入っていたのが、少し下げるようになった。こうしてみるとエナンのサーブフォームは毎年どこかしら変わっている。

そしてUSOPEN。驚愕の8月23日未明のドロウ。同じクオーターに来た来たもうひとつオマケに来たセレナ。同じハーフにビーナス、ヤンコ、イバノビッチ。ででで向こうのハーフにはシャラポアとクズ。このドロウを目にするまで、私はそれほど優勝を期待していなかった。しかしクオーターでセレナと知った途端、そうはいかなくなった。勝ってほしい。で、セミまで来れば当然ヤンコとかビーナス、勝ってほしい。で、向こうの山はシャラポアが来るだろうから、これは絶対勝ってほしい、、、つまり優勝だ。

→つづき
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2007年12月18日

2008スケジュール

そうこうするうちに、あと2週間もするとオーストラリアン・シーズン。OSにエナンの来年の予定についてカルロスの話が出ている。
2008年は大変!
オリンピックに出るためには、フェドカップに出ないといけないんだってね! もう去年の段階でオリンピック出場資格はクリアしたものと思っていた。あと1回出ないといけなかったのか?

しかも来年はスケジュールが微妙に変更されているのだが、フェドカップ第1回が、なんとオーストラリアン・オープン直後の週である。
エナンはシドニーから出場するわけだから、もしもエナンがAOで決勝まで来たりするとしますね、4週連続になってしまうわけだが。??

WTA 2008 CALENDER 

ま、とにかくカルロスの話。

>>
The Beijing Olympics will be one Justine's main goals in 2008. In order to participate she must be available to the Belgian Fed Cup squad.

CR: Justine will make herself available to the Belgian team. The 2008 calender is very tough, but if she wants to be at the Olympics she must do it. To play Fed Cup after three weeks of regular tour competition is a high risk situation. We learned in 2006 how difficult it can be. We have asked for a goodwill cooperation to the Belgian Tennis Federation and the Olympic committee to work things out so that Justine can play in Beijing and we have found an answer. And we can be certain to play in Fed Cup during the most agreeable times for all parties involved.>>

Q 北京オリンピックは2008年のジュスティーンのメイン目標のひとつ。出場するためにはベルギーのフェドカップチームに参加可能でなくてはいけませんが。
CR ジュスティーンはベルギーチームに参加することができる(available)。2008年のスケジュールはとても大変だが、オリンピックに出場したいのなら、やるしかない。3週間のツアーのあとのフェドカップはハイリスクな状況だ。2006年でそれは分かっている。私たちはベルギーのテニス連盟とオリンピック委員会に、ジュスティーンが北京でプレイできるよう友好的な協力を求め、私たちは回答を得ている。私たちは、みなにとって最適な時にフェドカップに参加できるだろう。

>>Justine submitted her 2008 tour schedule to the WTA. In this original calender she had Warsaw inked for April, but this tournament has been taken off the WTA tour schedule. The WTA requires Justine to select another event.

CR: We will have to choose the best of the two options. She wants to play Anwerp. If Justine didn't - it wouldn't be mentioned. She understands that it could be the last occassion to play a Belgian WTA tournament, and wants to be there with her countrymen. Again, the problem remains about the management of the schedule. Every week is important in 2008. Justine will wait for a meeting with the WTA's president because it's not possible to play Antwerp, Doha and Dubai. It would compromise her delicate balance for the rest of the season. But Justine has signed up for Doha. >>

Q ワルシャワ大会がなくなったので、WTAから他の大会に出るよう言われていますね?
CR ベストの2つを選ぶことになる。彼女はアントワープでプレイしたがっている。彼女はこれがベルギーで行われるWTAツアーの最後の機会になるかもしれないことを理解しているし、ベルギー人として参加したいのだ。問題はスケジュールだ。ジュスティーンはWTA代表とのミーティングを待つだろう、なぜならアントワープ、ドーハ、ドバイでプレイするのは不可能だからだ。それは彼女のデリケートなバランスを崩すことになりかねない。彼女はドーハとはサインしている。

そして、AFT PresidentのAndre Steinは、

>>”We are proud and must not compromise her career - her health. Whenever it's possible we wish to have Justine defend the colors of Belgium whether in Fed Cup or the Olympic games. In 2008 there are both - and they belong together."

"The Belgian Tennis Federation has decided not take advantage of Justine simply because there's an opportunity. We will not force Justine to take part in a Fed Cup tie that she cannot put her heart into or jeopardizes her career. We know that Justine makes herself available to the disposal of the Fed Cup team, but we also understand the difficult situation. We hope that this decision will be the perfect one for Justine and that 2008 will be similar to 2007. It's still a long way to go, but let's also include a gold medal from the Olympics.">>

これについては言っていることがよくわかりません。「ジュスティーンの健康やキャリアを損ねたくない」「我々が、ジュスティーンにベルギーのために同じ色(つまり金メダル)をディフェンドしてほしいと願う限り、それはフェドカップでもオリンピックでも、それは可能です」。
つまり、スケジュール的に大変キツイことは分かっているので、フェドカップ参加に無理強いはしないよと言っているのですが。

それから、Eddy de Smet, Director of the COIB という人が言うのは、
>>"Justine must fill the criteria to be selected and she will fulfill the requirement. We are proud to announce that there is a mutual respect between the Federation and Justine. She has chosen a long-term career, and wants to defend the colors of her country. We are very happy to have found an agreement to do this under the best possible terms.">>

「ジュスティーンは選出されるための評価(criteria)を全うしないといけませんが、彼女はその要請を満たすでしょう。フェデレーションとジュスティーン相互の成熟したリスペクトを誇りに思います。彼女は長いテニスキャリアを選択し、国のためのカラー(メダル)をディフェンドしたいのです。この状況で最善の合意を見たことをたいへんうれしく思います」。

<<<<<<

うーん。読解力が足りず;;この英語文、よくわかりません。
つまり? フェドでプレイしなくてもオリンピックに出場できるよう特別措置を採るのか? エナンはフェドカップに参加する用意はあるけれど、実際のところ、参加するつもりなのか/つもりじゃないのか? わかんないす。。。



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エナンの12ヶ月(6)

■7月(ウインブルドン)

4回戦のシュニーダー戦を1時間で片付けた後のセンターコート。セレナ対ハンツコワ戦でアクシデントは起きた。第2セット途中でセレナがいきなり右脚ふくらはぎを攣ってしまう。ほとんど走ることのできなくなったセレナは第2セットを落とす。と、そこで! 雨である。そして約2時間半の中断の後、ふくらはぎにテーピングぐるぐる、トレパン姿でコートに現れたセレナは、オニの気迫で第3セットをもぎ取ってしまう。
この時のセレナは凄かった。たいして走れないのにサーブとリターンだけで勝ってしまったのである。エナンとの夢のクオータークラッシュがおじゃんにならず、本当にホッとした。と同時に、このセレナはかなり怖いと思った。だから翌日の予定だったクオーターが一日延期になったのは、かなりうれしかった。

夢のクオータークラッシュ。NHK解説の伊達公子のワクワクした声が思い出される。すごかった。なんか。エナンは必死であった。1ポイント取るたびにコブシをぎゅうぎゅう握る。対するセレナは手負いのくせに、あるいはそのせいか、むしろデンと大きく構えていたように見えた。でも、やはり脚がイマイチで、また左手を突き指していたらしくバックハンドがおかしかった。たまに片手で打っていたぐらいだから相当おかしかったのだろう。
第1セットをエナンが取り、第2セットをセレナが取る。こんな調子のセレナでも、やはりストレートで勝てないエナン。すごくナーバスだったんだと思う。第3セット、ブレイクを重ねて51としたところで、ほぼ勝利を確信。スタンドのカルロスと息子の、ホッとしてジャレ合う姿がカメラに捉えられる。その親子をインターバル中にちらちら見るエナン。というかほとんど1ポイントごとに陣営の方を見る。見る頻度は確実に倍増している。サービングフォーマッチを落とし、53となって、2度目のサービングフォーマッチで決めた。15−30とリードされたところでエナンのドロップショット。こいつがこのゲームに華を添えたといっていい。
クレーコート以外で初めてセレナに勝った。涙が出るほどうれしかった。セレナとの初対戦が2001年。あれから6年、ようやく大きな壁を越えた。

ボトムハーフでは、ビーナスがシャラポを粉砕してセミに来ていた。ここに来て私はさらに確信した。決勝でビーナスを破って優勝だ!!!
ところが。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

→つづき
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2007年12月17日

エナンの12ヶ月(5)

■6月(ローランギャロス、ウインブルドン)

 大事なことを書き忘れた。クレーコートシーズンに入ってから、エナンのウエアはピンクになったのだ。しかもドがつくほどの。シャラポも着ないような。そして明らかに身体は一回りガッチリしてきた。腹筋なんかウエアの上にも浮き出そうな勢い。
 そしてもうひとつ、もっと大事なこと。エナンが家族と和解したというニュースが入ってきたのが5月だった。4月にエナンの兄が交通事故で瀕死の重傷を負った。それまでエナンと唯一コンタクトを取っていた妹が、この事件を知らせた。手遅れにならないうちに、と。そして病室で兄が昏睡から覚めると、ベッドの脇にエナンがいたそうだ。そこでエナンは二人の兄と7年ぶりに再会し、数日後に父親とも再会を果たす。エナンは今年、夫を失い、親兄妹を取り戻した。プライベートのことなんて! と言いつつ、やっぱりこれは泣ける話だ。

 さて、フレンチのエナンはクオーターから別人だった。
 幸運にもチケットを譲り受けていた私は6月4日にパリ入り。セレナとの夢のクオータークラッシュは6月5日。4年ぶりのグランドスラム対決、4年ぶりのフレンチ対決、それはもう沸きに沸いた・・・と言いたいところだが、ちっと違う。何か得も言われぬ緊張感がコートにもスタンドにも、じっとり重たく垂れ込めていた。その重みに耐えられなかったのはセレナの方だ。最後まで何かはっきりしないプレイで、あっけなく負けた。64、63。
 エナンのファーストサーブは40%台と低く、しかもダブる。おもいきり不安定なのだが、それでも負けそうな気配はなかった。それほどセレナのプレイがひどかった。インタビューでセレナは言っている。「なんか呪われているようだったわ(be banned)」。きっと呪われている。
 エナンのプレイは逆にキレキレだった。ミスも出る。ダブリも出る。でも球の勢いが違う。キレが違う。セレナの球と見比べるとエナンの球のほうが鋭いのだ。動きは倍くらい速い。セレナに劣るのはサーブだけだ。
 セミファイナル。相手は第4シード、やっぱ来たかのヤンコビッチ。しかしこの試合もエナンの完勝に終わる。第2セットの途中でブレイクしてすぐブレイクバックされたあたり、一瞬「今日もやっぱりスリーセッターか」の予感が走ったが、スリリングな瞬間はそこまで。過去5回すべてスリーセッターだったヤンコ戦を、この日初めてストレートで終える。62、62。WOWOWでは「ヤンコビッチへの応援が多いようです」とか、エナンのブレイクポイントで「これはヤンコビッチへの拍手です」と実況されていたが、んなことはない。私の周りのほとんどはエナン応援だったし、エナンにブレイクポイントが来れば当然エナンファンだって拍手するのだ。

 決勝イワノビッチ戦は、1時間と少々で終わってしまった。ドキドキしたのは始めの数ゲームだった。なにせファーストセットのファーストゲームをブレイクされたのだから。フレンチの決勝でエナンが先にブレイクされたことは一度もない。会場内の雰囲気がフツフツ盛り上がる感じが伝わってくる。私はこの日、会場外の通路でテレビ観戦していた。ゾワゾワワクワクと期待感一杯の静かなざわめきである。転機は第2ゲーム、イワノビッチのサーブ40−0に来た。イバノビッチのボレーがネットにかかり、ポワと浮いたところエナンがダッシュしてパッシング。すると次のポイントで、イワノビッチのファーストサーブがとんでもなく外れた。彼女の心に乱れが生じたのは明白だった。その後、サーブのトスがまっすぐ上がらない。その隙をエナンが見逃すはずがなく、そこからまくってブレイクバックで1オール。そこから6ゲーム連取で61。イバノビッチが立て直す暇をエナンは与えず、第2セットも62。マッチポイントはネットに詰めてボレーで決めた。ラケットを放ってアタマを抱えてネットに肘ついて喜ぶエナン。

 表彰式で、エナンが初めて親兄妹の名前を呼んだ。デヴィット、トマ、サラ・・・とエナンはスタンドにいる兄妹に呼びかけた。父は家でテレビで応援してくれたでしょうと言った。プライベートのことなんて! と思いつつ、くーっ、やっぱりこれは泣ける。おめでとうエナン。観客がこの経緯を知ってか知らずか知らないが、とても温かな祝福に感じられた。

Roland Garros2007ブログ

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→つづき
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2007年12月13日

エナンの12ヶ月(4)

■5月(ワルシャワ、ベルリン、ローランギャロス)

4月のニュースは、タチアナ・ゴロビンがアメリア・アイランドでWTA初優勝を飾ったことぐらいしか思い当たらない。エナンはフェドカップ参加もなく、しかし今年はそれについてまったく騒がれずに過ぎた。

4月の終わりからレッドクレー・シーズンが始まった。エナンの季節はワルシャワから始まった。2年ぶりに出場したこの大会、エナンはセミで(また)ヤンコビッチと3セッターし、ファイナルでボンダレンコ(姉)を破って優勝。雨で決勝戦が月曜日に流れるという異例の形となったが、まず順当なスタートを切った。
この大会はキムの最後の大会として記憶に残る。初戦の2回戦で格下のバクレンコに敗れ、その数日後、キムのオフィシャルサイトにて引退が発表される。
"After all my fantastic goodbyes in Antwerp, the fire had died out,"
アントワープで燃え尽きてしまったらしい。
昨年から「ウインブルドンには出る」と表明していたので唐突感は否めず、今思えばなんだ妊娠していたのか、という話である。それにしても因果というか因縁というか、キムの現役最後となった大会でエナンが優勝する。対照的というか象徴的というか。

5月に入ってジャーマンオープン。これがまた連日の雨でスケジュールがゴテゴテに。おかげでついに、と言おうか、クズがエナンに勝った! 大会として記憶に残る。ここでもクオーターでヤンコと当たり、足かけ二日の3セッター(ファイナル04から6ゲーム連取の逆転勝ち)、セミでクズに負けた。これも足かけ二日でスリーセッター。スコアボード観戦しているこちらも、「も、いいよ」と思えるほどエナンのスケジュールがキツく、これほどがっかりしない敗戦は初めてである。エナン自身「大変だったけど、いい準備になった」と気落ちしていなかった。ちなみに、せっかくエナンを破ったクズはファイナルでイバノビッチに敗れてしまう。
そして、次のローマ大会で優勝したのがヤンコビッチ。「なんで優勝できたかわかる? Heninがいなかったからよ」とのたまうヤンコ。ふたりの対決はこの後、まだまだ続くことをヤンコは知らない。

さて、いよいよローランギャロス2007である。
忘れもしないドロウの日。日本時間の夜の7時前だったか。RGのサイトを開くとドロウ大会の真っ最中。ライブドロウのページを開くと、まさに女子のドロウが埋まろうかというところ。だだーっとトップクオーターに目を走らせてWilliamsの文字を発見。なぜかビーナスと早とちりして、「@よしよし」とほくそ笑み、その直後に凍り付いた。セレナああああ? 驚きのドロウだった。しかも同じハーフの下のほうにヤンコもいる(いい加減にしてくれよ)。

とにかく始まる前から、エナン対セレナのクオーターが最大の山場、実質上の決勝戦と決められた。大会前にセレナが大口を叩いていたこともあり、マイアミのこともあり、私は思いきりこのドロウを呪いながらも、期待で胸一杯であった。
一方ボトムハーフのほうは、クズ、モモ、シャラポア、イワノビッチということで本命不在。始まる前からオープンドロウの趣。
ちなみに男子の注目は、ナダルの連覇なるか、フェデラーのキャリアグランドスラムなるか(前哨戦ハンブルグでフェデラーがクレーで初めてナダルを破っていた)で、これはもう2006年と何ひとつ変わらないのであった。

ベルリンに続き、雨にたたられたファーストウィークだった。いちばんの見物は2回戦のタミラ戦。たしかドバイで、よもやアップセットの危機にさらされた16歳のタミラちゃんである。さっさと50にもっていってから、何があったのか2ブレイクバックされて5オール。スコアボード観戦の身としては、これは焦った。結局75でゲット。その後、雨の中断のおかげでWOWOWのアナログ放送で第2セットを見られたのがラッキー。雨でちょっとぬかるんでいそうなコート上、第2セットはエナンが締めて61で完勝。第1セットは「すごい盛り上がりでしたねえ」と解説の柳さんホクホクのゲームだったらしいが、今シーズンはこれきりタミラちゃんの名前を聞くことはなかった。

3連覇を狙うエナンの調子はいいのか悪いのか普通なのか、4回戦まで来てもよくわからなかった。3回戦は、これも小雨がぱらつく中だったが、相手はサンタンジェロ。ブレイクされてはブレイクバックという形で無難に勝利。4回戦のママさん・バマー戦では第2セット40としてからまた4オールに追いつかれたりしていた。見ている分には少なくともスーパーなプレイぶりではないのだが、相手が弱過ぎるのか、終わってみればどれも楽勝ストレートであった。

4月のブログ




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2007年12月12日

オリンピック委員会

エナンがIOCのathletes' commissionにノミネートされたというニュースです。

IOC releases remaining $410,000 to boxing association following reforms
Associated Press

>>In other action at the start of a three-day meeting, the executive board approved a list of 31 candidates vying for four seats on the IOC athletes' commission. The four, to be elected by their peers during next year's Beijing Olympics, will get eight-year terms and serve as full IOC members.

The list includes some big names in women's tennis -- top-ranked Justine Henin, Amelie Mauresmo and Arantxa Sanchez Vicario. Henin, the gold medalist at the 2004 Athens Olympics, has won seven Grand Slam titles. Mauresmo has two Grand Slam victories, while the retired Sanchez Vicario won four majors in her career.
>>

オリンピック選手会メンバーといったところでしょうか。役目は何なのかわかりません。北京オリンピック中に選出されるそうです。エナンは大気の具合によっては出ないかもしれないですけどね。


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2007年12月09日

エナンの12ヶ月(3)

■3月(マイアミ)

3月前半のティア1インディアンウエルズをエナンは欠場。一方、ナンバー1のシャラポアが、4回戦あたりでズボナレワに敗退したことで、エナンはやけにあっさりとナンバー1に返り咲いた。
 
そしてマイアミ。
スポンサーがナスダックからソニーエリクソンへと変わり、グランドスラムと並ぶ出場義務大会となり、そしていつも通り、エナンの嫌いな大会である。過去最高がクオーターファイナルという信じがたい大会である。でも今年はなんだかいつもと違うと感じがしていた。なんの根拠がないのだが、セレナとエナンが同時に出場するのも久しぶりだし、それもドロウが別の山になったと知った時点で、なにかいつもと違う予感がゾワゾワ押し寄せた。インタビューでは、この大会は好きじゃないことや、そもそも3月はいつも調子悪いことなどをしゃべっている。どこのメディアだか覚えていないが、3月は母の命日に当たるので精神的に落ちるのだということを話していた。なんとなくエナンが、以前よりオープンになっている気がした。もう今年は違うんだもんねという雰囲気があった。

3回戦のラザノ戦が大変だったらしい。ファイナルセット15と2ブレイクダウンからまくって5オール。最後はタイブレに持ち込んでの勝利だった。ちょうどスコアボード観戦をしていなかったからよかったものの、これはまさにクリフハンガー。その後のインタビューで「私の典型的な試合ね」と言ってのけるエナン。へいへい恐れ入りやす。
4回戦でズボナレワを下し、QFでペトロワをタイブレ2セットストレートで下し、初の(!)セミファイナルへ。チャクベターゼを一蹴すると、ついに念願の、やったあああああああ!!!!! セレナとのファイナル。
2003年ウインブルドンのセミ以来、実に3年8ヶ月ぶりの対戦。女子テニスの両雄であるべきふたりの、失われし3年と8ヶ月。それはエナンがもっとも不得手とし、セレナが大好きなマイアミで実現した。エナンはナンバー1として、セレナは15位で。
結果は60,57,36。
第2セットのサービングフォーマッチ54。マッチポイント2つを逃した挙げ句の逆転負けだった。ファイナルセットはいきなりブレイクされて03とされ、もうダメポ。そこからブレイクバックして3オール。しかしそこまでだった。セレナが第7ゲームを簡単にキープして43とすると、次をブレイクされる。第9ゲームのセレナのサービングフォーマッチ。ラブ40。今度はエナンが3つのブレイクポイントを握ったが、5ポイント連取されて負けた。4月1日日曜日の午前3時頃だった。
始まる前、まったく予想のできない試合だった。だから第1セットを60で取ったときは、とんでもないと思った。第2セット40−15からマッチポイント2つを逃す。しかし敗因はここではない。その後、気落ちしたエナンが5オールからもう1回ブレイクされ、第3セットも簡単に03に持っていかれた、ここである。エナンにはこういう傾向があるのだ。リードしていた第2セットを落とす、そこから崩れる。(このパターンは誰にでもある。ただエナンの場合は目立ってしまう。)
セレナは言っている。「第2セットで終わらせたくなかったから、1ポイントずつファイトしたのよ」。そのセレナのファイトについていけなかったエナン。エナンの中でも、ハードコートではセレナに勝てていない負い目がことさら大きく作用したと思う。
ハードコートではまだセレナに勝てないのか。。。クレーでしか勝てないのか。。。。
がっつり落ち込みはしたが、強いセレナが戻ってきたのなら、それは喜ぶべきニュースだった。エナンにはライバルが必要だ。これで打倒セレナ・オン・ハードコートの目標ができた。オーケイ、今年のエナンの最高のライバルはセレナだ! このあとのグランドスラムでガンガン対戦してくれ! ロランギャロスでもウインでもUSOでも! 次の対戦に向けて期待が膨らむ幸せな季節だった。

というのも、一方でこの頃、エナンとともにセレナと競り合ったキムの「USOPENは欠場」とのニュースがあったからだ。アントワープ大会を終えたキムは、もう完全にサヨナラツアー状態なのだった。いろんな意味で、エナンの最良のライバルが去ろうとしていた。だからよけいセレナが必要だった。シャラポアが必要だった。




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2007年12月07日

エナンの12ヶ月(2)

■2月

パリのオープン・ガス・ド・フランスにエナンは出場した。何より注目されたのは試合前の記者会見だった。ティア2の大会としては異例といってもいいほど、記者がわんさか集まった。
離婚発表後、というか今年初めて見るエナンの写真。ドキドキしながら探してしまった。案外、エナンは何かスッキリした顔をしていた。少し頬がコケた感はあるものの決して暗い表情ではなかった。いちばん驚いたのは左手の薬指にまだリングがあったことだが、単なる外し忘れだったのかどうか、これは誰にもわからない。
その記者会見、エナンは第1声で「離婚の理由についてはプライベートのことなので何もお話しできません。どうか私のプライベートを尊重してください」と、記者からの質問を一切シャットアウト。おかげで離婚の理由は何ひとつ明らかにされないのであった。プライベートを詮索するつもりはないなどと言ってはみても、やはり知りたいのである。
意外にも、離婚の暴露話はその後も出てこなかった。ほとぼりが冷めれば、どこからともなく出てくるものと思っていたのだが(期待していたのだが)。それとも今頃、ベルギーでは周知のことなのだろうか?

注目の第1戦はフランスのロワ。3セッターだった。クオーターはやはりフランスのゴロビン。これも3セッターだった。後追いで見たビデオでは、なんだかやたらネットに出ていたような気がする。
そしてセミのサファロア戦。エナンは両セットともリードしておきながら逆転されて負けた。第1セットのタイブレーク。セットポイントを取られた直後、エナンがラケットをコートに叩きつけた。一度ポンと突き、すんなり手元に戻ってきたラケットを、次は思い切りコートに叩きつけた。ラケットは今度はたまらずコートに転がった。こんなことをするエナンは初めて見た。何かの抑制スイッチが利かなくなっているのかと思った。実は私はこのシーンが大好きである。

一週おいてドバイの大会。
期待のセレナとシャラポアが欠場で、急遽モレスモが呼び出された。例年に比べるとメンツがショボイ。それでもなんでもエナンにとって、ここは2003年以来負け知らずのゲンのいい大会。私はこの大会に期するものがあって、先にパリに出場したのだと思っている。
オーストリアの16歳タミラちゃんと大接戦したりしながらセミへ。相手はクズネツォワ。スコアボードを開けた時には第1セットを16で取られるところだった。相性のいいクズにこのスコア。仕方ない、このあたりで負けておけばいいさ。と思って見ていたら、なんとかセカンドセットをもぎ取った、と思ったら、ファイナルセットはフォアが炸裂、あれよあれよとブレイクを重ねて60で勝ってしまった。
決勝はモレスモ戦。先週のアントワープでキムを下して優勝していたモレスモは、この時点ではまだ強敵であった。ネットの取り合いのような白熱した試合。だが終わってみればストレートで、エナンががっちり取っていた。優勝の瞬間、バンザーイして喜ぶエナン。スタンドではカルロスの息子マニュエル君が、真っ赤なジャージでガッツポーズ。
これでドバイでは負けなしの16連勝、4度目の優勝。この優勝はうれしかった! 去年シャラポアを破っての優勝もうれしかったが、今年はもっとうれしかった。
「精神的にはタフな状況で、落ち着くにはまだ数ヶ月かかるでしょう」と、あの頃のエナンは言っていた。
あの頃のエナンは、大会に出て試合することが何よりも大事だったのだと思う。カルロスからは「なるべく普段通りに生活するように」というアドバイスを受けたと言っていた。

エナンの復活は、つづいて出場したドーハの優勝によって、がっちり固まった。セミのヤンコビッチ戦では、たしかブレイクゲームが合計17だかのトンデモ試合。神経衰弱のような試合をモノにすると、決勝のクズ戦は、もう最後は圧勝だった。マッチポイントでズバン! とセンターにエースを決めてバンザーイ! しようとしたら「フォルト」のコール。思わず照れ笑いのエナン、つられ笑いの主審のサンドラ・ド・ジェンケンさん、クズまで笑ってしまうけったいなワンシーン。私の中ではベストマッチポイント・オブ・ザ・イヤーである。けっきょくセカンドサーブになったマッチポイント。今度はリターンをバックハンドのクロスコートウイナー。今度はバンザイポーズじゃなくて、コブシを胸に抱えてガッツポーズ。

まさかの中東2連勝、ニュースもDouble GulfだかGulf Doubleで沸いた。
大丈夫だエナン! と言いたかった。まだ試合中の主審の「Game Henin」の発音がなんとなくエナンアーと続きそうで落ち着かない。そういえば、パリの大会では「マダムエナン」だった。フランス語圏では一度結婚すると一生マダムだそうな。(ほんまかいな)そんな時期だったが、私はもう期待することにした。今年も、大丈夫だエナン! 

posted by ochappa at 01:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 2007/12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月06日

エナンの12ヶ月

今年のまとめ。とってもいろいろあった。

■1月

忘れもしない1月4日。昼過ぎに自分のブログを開き、コメント欄にchikoさんの「シドニー欠場」の報を見た。なんのこっちゃ? 急いでヤフーのサイトを開くと、そこにエナンのシドニーウイズドロウのニュースがあった。間もなく、エナンのOSにオーストラリアン・オープン欠場の報が出る。理由は家族の問題としか書かれていなかった。
真っ先にアタマに浮かんだのはエナンの父親のことだった。以前から健康状態が芳しくないと聞いていた。次に考えたのはカルロスの身に何かあったのかということ。とにかく離婚問題などとは露とも思わなかった。
昨年のチャンピオンシップスでイヤーエンドナンバー1を勝ち取り、今年のAOはナンバー1シードとして登場するはずだった。そして優勝候補ナンバー1として。それを蹴るほどの問題って何? バカみたいにソワソワとネットをうろつき回った。
その日の夜だった。グリニーからのコメント。「ベルギーのラジオで離婚だって言ってる」。
青天の霹靂とはこのことだ。つい先日、エナンとピエールはユネスコのスポーツ大使任命式に出席したばかりだった。クリスマスの時の、ふたりの微笑ましいインタビューまで出ていたのだ。それがなぜ。1週間後に離婚よ?
ファンとはいえ、エナンは赤の他人である。プライベートまでとやかく詮索するつもりはない。しかしあの晩、私はあまり眠れなかった。
たしか当日遅くか翌日にはもう、ベルギーのフランス語のニュースサイトが離婚を報じていた。「4年間のフェアリーテイル」と題し、エナンとピエールのかわいい写真を載せたその記事に、しばらく唖然と見入った。そこにはdivorceの文字があった。
OSは1月4日からニュースはない。一日何度もOSを開けてはすぐ閉じる日々が続いた。離婚のニュースが出ているのに、エナン側から否定するコメントが出ないところを見ると、本当なのだろうなと思った。ニュースは勇み足であってほしいと願うなか、オーストラリアン・オープンは始まった。
そして1月24日の朝、OSのURLが変わった。変更を知らせる画面を見たとき、私の中でようやくエナンの離婚を認識できた。justinehenin-hardenneからjustine-heninへ。エナンの声明文中のseparateの文字が痛かった。

離婚の理由はいっさい明かされなかった。フランス語のメディアには憶測推測が飛び交っていたかもしれないが、それが英語となって流れてくることはなかった。私はあのカップルが、かわいくて好きだった。少なくとも2003年、ナンバー1になれたのはピエールとの結婚が大きかったと思っている。
一方、本当にホッとしたのは、エナンが2月初旬のパリの大会に出ると表明したことだった。しばらく出てこないのではないかと、私にとっては結局それがいちばんの心配だったから、本当にうれしかった。

メルボルンでは繰り上がりナンバー1シードのシャラポアがずんずん勝ち上がっていった。そして気がつけば、まだまだおデブなセレナが決勝へ。そしてまさかのセレナの圧勝。グランドスラムの女子決勝が一方的展開になることは珍しくないが、これは本当にショッキング、かつうれしいセレナの復活劇だった。

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この時期は、このブログのコメント欄が私にとっても大きな情報源であったし、気持ち的にも大変うれしかった。
これを書く前に一度ざっと読み直したが、とても有意義なコメント欄だと我ながら思う(^^)
コメントを寄せてくださったみなさん、あらためてありがとう。

↓2007/1月〜のブログ
http://tennisworld.seesaa.net/category/2496132-1.html

posted by ochappa at 01:07| Comment(6) | TrackBack(0) | 2007/12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする