2008年11月23日

エナン私的観戦記(11)

■2003年 ダイアモンドゲーム〜ジャーマンオープン

 2年目を迎えたベルギー・アントワープのダイアモンドゲーム。キムとエナンの二人が参加したのは、後にも先にも2003年だけだった。この大会で二人はセミで顔を合わせる。ファーストをキムに取られ、セカンドは劣勢から巻き返してタイブレに持ち込むが、結局ストレートで敗れた。キムに勝てない。。。オーストラリアン・オープンで何とかダベポを破ったものの、上位のウイリアムズ、キムには勝てないエナンだった。
 この敗戦後のカルロスの対応は厳しいものだった。しばらく独りにさせておいたそうだ。トップテンのアベレージプレーヤーであることで良しとするか、それともグラフやセレスのようなトッププレーヤーを目指すのか。それは君が決めることだと、エナンを突き放したそうだ。ライオンは崖から子を突き落とす。そんなことはしないと今では言われているが、それに近いと思う。選手なら誰でもトップになりたいと思うだろう。でも、なりたいと思うのと、なろうと決めるのとでは大きな違いがあると思う。エナンはこの頃、本気でそれを考えたのだろう。

 2003年はエナンがナンバー1に上り詰めた年だが、その輝ける戦績の口火を切ったのは、2月のドバイだった。

 ウイリアムズ姉妹とキムは出てなかったので、エナンは第1シードでの初参戦となった。セミでカプリアティを破り、ファイナルはモニカ・セレス。第1セットを先取され、第2セットでの45からマッチポイントを握られた試合だ。そのマッチポイントを42秒のロングラリーでしのいだ。後にも先にも、こんなに凄いマッチポイントを見たことはない。最後はセレスのショットがネットしたのだが、その直後にはセレスが思わず笑ってしまったほど凄いポイントだった。5オールからタイブレに持ち込む。何ポイント目か、エナンがネット際からすんごいバックのドライブボレーを叩き込んだのだけはよく覚えている。その後、ダブルフォルトするあたりが笑えるのだが、ガオラの星野アナが「そんなことより先ほどのドライブボレーのインパクトが」と言ったのにも笑った。タイブレを取って1セットオールとし、第3セットは64で勝った。最後はやはり体力的にエナン有利の感はあった。それにしても最後まで気の抜けない試合で、ベテラン対若手の対決、若手がきっちり引導を渡すという、意味のある試合だった。
 この試合では、エナンのフットワークが明らかにレベルアップしているのが見て取れた。左右に走らされたところから、これまでは何とか返すものの次で仕留められるというパターンが多かったのだが、この試合では走らされた所からでも簡単なボールは返さない。脚が太くなっただけのことはある。エナンの脚はもともと凄く速いのだけど、それに加えてターンに耐える筋力がついてきたということだろう。ベテランのセレスもまた素晴らしいガッツを見せてくれた。セレスがファイナルに進出したのは、たぶんこれが最後だったろう。この年のローランギャロスで足首を痛めて以来、セレスは戦列を離れてしまったわけだが、このドバイのファイナルはセレスの最後の勇姿といっていいかもしれない。

■2003年 チャールストン

 この年のクレーシーズンは、アメリカのチャールストンから始まった。この大会はエナン初参戦。向こうの山にはセレナがいた。ファイナルで当たる。大会始めからそう思えた。この頃のエナンには怪我の不安がなかった。体力的な心配もしないでよかった。フロリダで順調にトレーニングを積んでいるという情報が入ってきていた。ドバイの優勝で、成長は明らかだった。だから何の屈託もなく応援していられた。ナンバー1など、まだぜんぜん眼中になかった時代である。この年、エナンがナンバー1になることを予想していた人などマレであろう。そういう時代だった。
 ファイナルでは大方の予想通り、セレナ戦が実現。この時のワクワク感といったらない。この時点でセレナは年初からオーストラリアン・オープンを含め負けなしの21連勝中であった。「今年は1敗もしたくないわ」みたいな発言すらしていた。「ナブラチロワも出来なかった偉業ね」。その発言が暴言とも大風呂敷とも言われないほど、unbeatableだった。ただグリーンクレーということもあって、もしかしたらエナンがアップセットするのではないかという期待感は、かなり盛り上がっていたと思う。セレナに土をつけられるとしたらクレーだろうという見立てと、エナンはクレーコーターだからいい線行くだろうという希望的観測。
 決勝は日曜日。4月を10日も過ぎた、遅めの花見をした夜だった。夜中の1時ぐらいから始まり、スコアボードを見ていた。第1セットの始め、いきなりブレイクされて03スタートだった。それでも酔っぱらっていたせいか、あまり悲観することもなく見ていたら、アレアレという間にエナンが6ゲーム連取で第1セットを取った。やっぱり、もしかしてイケるんじゃないか。しかし第2セットもいきなりブレイクされて02になってしまう。今日も長い夜になるなあ〜と、去年のアメリア・アイランドの悪夢を思い出しつつ、そのうちパソコンの前で寝てしまった。起きると43でリードしていた。あれ〜? スコアボードの名前を見直す。間違っていない。そのままスコスコとエナンの方に得点が入って64で勝利。やけにあっさり勝ったもんだなあ〜。眠いので祝杯を挙げることもなく、安心して寝た。
 翌日のニュースサイトは大盛り上がりだった。グランドスラム以外の大会の勝敗ひとつで、こんなにメディアが盛り上がることは珍しい。
「9000段もダウンしていたわね」と言ったのはセレナ。自分が負けたのであって相手が勝ったのではないという、セレナ得意のレトリック。
 この試合、エナンはベースラインのかなり後ろに下がって、セレナの豪打をリターン。ラリーの中ではトップスピンとスライスを混ぜこぜし、これにリズムを狂わされたかセレナはエラーを重ねた。というより、エナンがミスを誘ったのだ。「たぶん彼女は球が全部返ってきて、走らされて、それに対するソリューションがなかったのね」とクールに分析したエナン。クレーなら十分勝算が立つ。それを実証した一戦だった。ベースライン後方で、ザーッと滑ってパシッと打ち返す、あのエナンのフォアが一段とたくましく、かっこよかった。
 この大会途中で、エナンのルコック時代は終わった。記念すべきファイナルは、ウイルソンの白いTシャツでプレイしていた。ルコックの契約が切れて、次はどこかという話題でしばし沸いた。私はフランスのラコステがいいんじゃないかいと思っていたが、すぐにアディダスの噂が立った。2002年の暮れにヒンギスが無期欠場、事実上の引退を表明したため、新しい看板選手が必要とされていたからだ。私はこの頃、アディダスは好きじゃなかった。ラインに硬い印象があったのと、メジャー過ぎるゆえ、アングラな香り漂うエナンには合わない気がしていた。しかし噂通り、アディダスだった。いい加減なもので、世界のアディダスがエナンに目をつけたと私は喜んだ。エナンの実力が評価された証左と受け止められたからだ。
 続いて出場したアメリア・アイランドでは思い切り優勝候補だったが、セミでデメに初黒星を献上。デメはそのまま優勝して、なんとそれが彼女のキャリア初優勝であった。
 アディダス・エナンのお披露目は、4月後半のフェドカップ。脇に3本戦が入った白い襟付きのシャツにグレーのスコート。これも脇に3本戦入り。100%アディダスなデザインで、ゆえに私にはまるでヒンギスと同じ格好に見えて、初めて写真を見た時はギョッとした。当初は好きでなかったウエアだが、見慣れるうちに大好きになった。今でもエナンのキャリアの中で1,2を争うお気に入りだ。で、そのフェドカップにはキムも出ていて、シングルスは二人揃って勝利していたが、相手の国を覚えていない。どこだっけ?

■2003年 ジャーマンオープン

 第1シード、キム。第2シード、エナン。ティア1で初めてベルジャンの二人がワンツーシードになった。セミの組み合わせはキム対カプリアティ。エナン対モレスモ。きれいな新旧対決となり、いずれもベルジャンが勝ち上がった。それはすでに順当勝ちで、誰も驚きやしない。予想通り、キムとエナンの一騎打ちが実現した。
 日本時間、夜8時か9時に始まった試合。この時、ウチのパソコンが壊れて修理中だった。古いパソコンを起動させ、何とかネットスケープバージョン3に繋げるが、ライブスコアボードは機能しない。仕方なくユーロスポーツのライブページとWTAworld.comのスコアスレに頼る。どちらも更新に時間がかかり、ぜんぜんライブじゃない。
 第1セットはエナンが64ぐらいで先取。第2セットも41ぐらいまで持って行く。キムがインジュリータイムアウトを取ったという情報が入り、今日はこのまま勝てると思った。ホクホクしながら飯でも食べただろうか、パソコンに戻って更新すると、なんでそうなる5オールだ。そして取られてしまったのだ第2セットを。第3セットは、ひたすらもどかしい更新に冷や冷やしながら、あっちのページを見、こっちのページを見。キープが続いてゲームカウント45だったか、エナンのサービスゲームでなんとキムのマッチポイントになってしまった。終わったか。またチョークかよ。。。スコアボード観戦というのは本当に心臓によくないのだ。見ると、そのマッチポイントをどうやら凌いでいる。次のゲームを今度はエナンが破り、ようやく75で勝ちきった。
 後日ガオラで見ると、解説はエナンファンを公言している長塚京子さんで、エナン寄りの解説が面白かった。第2セットのエナンはやはりチョークしていた。エラーが続いてキレていた。しかし、そのチョークの第2セットが延々と放送され、肝心な第3セットの放送が後半だけというのは解せない。第3セットのエナンは46で負けいておかしくなかった。1本目のマッチポイントで、ネットに詰めたキムのボレーが、ほんのちょっとだけサイドラインを割ったのだ。キムのエラーと言っていい。命拾いだ。もし、あのボレーが普通に決まっていたら、その後のフレンチはどうなっていただろうか、と今は思う。2本目のマッチポイントもキムのエラーで、エナンがキープする。これで今度はキムがキレたらしく、続く第11ゲームではあっさりブレイクされてしまう。このへんがキムなんだな。第12ゲームもあっさりエナンがキープして優勝。2連覇だ。銀色の熊さんのトロフィーをもらってうれしそう。私はこの熊のトロフィーが一番好きなのだが、次に見たときは鷲になっていて少しがっかり。スポンサーがカタールの会社に移行したためだ。
 この大会、決勝戦でもスタンドには空席が目立った。ドイツのテニス人気はグラフ引退後、下降線の一途と聞いた。グラフなき後、グラフに憧れて育ったエナンがしっかり連覇を飾り、これも縁だなと感じたものだ。

〜〜〜〜〜

 ジャーマン翌週のローマにはエナンはエントリーしていない。しかしキム、セレナ、モレスモが出場。セミでモレスモがセレナを破り、決勝ではキムがモレスモを破った。この時点で、フレンチオープンの優勝候補はセレナ、キム、エナン、ビーナス。ウイリアムズ姉妹とベルジャンズの4人のガチンコ。最高の時代を迎えた。

posted by ochappa at 23:01| Comment(12) | TrackBack(0) | エナン観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Ohappaさん
久しぶりのコメントです。
(でもこのブログはいつも読んでいます)

私がエナンのファンになったのは2005年のフレンチから。
その時エナンはもう女王だったので、
Ochappaさんの女王になる前のエナン観戦記は
とても興味深いです。
こういう時代を経て女王に上っていったのか、
って感心しながら読んでいます。

Rising Starの一人でしかなかった
エナンを見つけて、応援して、
その選手が女王になっていく過程を見るのは
とってもExcitingだったでしょうね。
かなりうらやましいです。
Posted by Megcat at 2008年11月24日 10:36
こんにちは、Megcatさん。
2005年のフレンチということは、エナンのガタイが、かなりガッチリしていた頃ですね。私は内心もうちょい痩せろと思ってました^^

2003年のこの頃は頂点に上り詰める前夜の、エナンにとっても一番楽しかった時期じゃないかなと想像します。新婚だったし。ピエール君もかわいかったんですよ〜。



Posted by ochappa at 2008年11月24日 23:25
こんなの見つけました。
かわいいエナンとうるさいセレス^^;
http://jp.youtube.com/watch?v=r4Z3a1W1Ns4&feature=related


Posted by ochappa at 2008年11月26日 19:22
エナンのFoundationニュースお知らせ!
http://www.justine-henin.be/public/index.asp?lang=en

新し名前とスタッフでデビューしますからお楽しみ、もちろ私もwebteamにいますから英語に全部記事やる。お願いします。新しい名前はとても覚え裏やすいとかわいい。Justine For Kids

Thanks Ochappa!
Posted by Greeny at 2008年11月26日 21:08
引き続きwebteam、がんばってください。
ニュースよろしくね、グリニー!

Posted by ochappa at 2008年11月27日 12:36
このビデオをあげる事わすれました。
面白い、あのエナンはまだまだスポーツはあけれないよ!^^

ING CUP for Unicef, Team F1 -vs- Dutch All Stars (Seniors) - Netherlands, Sept 3, 2008.
FLV Flash file version
http://www.mediafire.com/?c9f5zwzdd2d
*She only appears in the kick off this news clip.
Posted by グリニー at 2008年11月27日 14:03
>脚が太くなった>>私もびっくりしたのを覚えています。ガリじゃない!みたいな・笑 そしてまだNO.1になれるとみんなには思われてなかった頃ですよね。ファンの希望的観測でうまく行けばなれるんじゃないかな・・とか思ってました
私もこの頃のウエアが一番好きです。シンプルで襟付きか襟ぐりが広くなくて、エナンに似合ってましたね^^ochappaさんと同じでエナンにはマイナーなメーカーをなぜか望んでました。笑 
次の観戦記辺りに私の大好きな試合が入ってくるんじゃないかと思うのでまた楽しみです^^
Posted by 侑 at 2008年11月27日 20:05
こんにちは侑さん。
そうです、マイナー指向でしたね^^
この頃はエナン第1次黄金期ということで、スローにねちねち書いていきます^。^
Posted by ochappa at 2008年11月28日 19:29
いろんな所にお呼ばれしているみたいですね。
ところでウオズニアッキとのエキシビの噂って本当ですかね?


Posted by ochappa at 2008年11月29日 21:57
さあ?あれヲッズのagent話から...だけどJohn Tobiasさんはエナンの事務所人から、ちょこちょこエナンの仕事やった。これはBEST SportsでKen Myersonの会社。エナンに頼む人はもちろんケンさんだけがなんかまだplanning stage見たいがスゴイイからDenmarkマスコミにおしゃただろう?
エナン本人にまだ聞いていないかも?たしかにAdidasためにエナンはなんか顔に出す仕事2009するが...私の考えはベルギーでexhibitionでキャロラインちゃんがゲスト。

5月にマスコミやスターはもあきれたはなしだったけどエナンやっぱり人の前やスポットライトが好きみたい!^^
Posted by グリニー at 2008年11月29日 22:29
エナンのビデオあるよ、馬イベントで。。。^^
http://media.vrtnieuws.net/2008/11/144319300SPORTK15J8247050_wmvhi.wmv
Posted by グリニー at 2008年11月30日 00:53
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