2010年11月09日

年間ランキング12位

さて2010年シーズンが終了しました。エナンの年末ランキングは12位でした。

●TOP10
1 Wozniacki, Caroline(DEN) 8035点 22大会
2 Zvonareva, Vera (RUS) 6785 19
3 Clijsters, Kim (BEL) 6635 14
4 Williams, Serena(USA) 5355 13
5 Williams, Venus (USA) 4985 15
6 Stosur, Samantha(AUS) 4982 19
7 Schiavone, Francesca(ITA) 4935 22
8 Jankovic, Jelena(SRB) 4445 21
9 Dementieva, Elena(RUS) 4335 21
10 Azarenka, Victoria(BLR) 4235 21
11 Li, Na(CHN) 3555 21
12 Henin, Justine(BEL)   3415 11
13 Peer, Shahar(ISR) 3365 21
14 Radwanska, Agnieszka(POL) 3000 18
15 Petrova, Nadia(RUS) 2702 20
16 Bartoli, Marion(FRA)  2645 21
17 Ivanovic, Ana(SRB) 2600 20
18 Sharapova, Maria(RUS) 2591 15
19 Rezai, Aravane(FRA) 2575 26
20 Kirilenko, Maria(RUS) 2550 23

Singles_Numeric.pdf

●賞金ランキングは11位でした。
Singles_Numeric Prize Money.pdf

●勝率は32勝8敗(フェドカップ含む)で80%、4位でした。
Singles Win Loss Readers

1 (4位) SERENA WILLIAMS USA 25/4  86.21%
2 (3位) KIM CLIJSTERS BEL 40/7   85.11%
3 (5位) VENUS WILLIAMS USA 38/7   84.44%
4 (12位) JUSTINE HENIN BEL 32/8   80.00%
5 (1位) CAROLINE WOZNIACKI DEN 62/17  78.48%
6 (18位) MARIA SHARAPOVA RUS 33/11   75.00%
7 (2位) VERA ZVONAREVA RUS 49/18   73.13%
8 (6位) SAMANTHA STOSUR AUS 47/19  71.21%
9 (24位) FLAVIA PENNETTA ITA 51/22  69.86%
10 (9位) ELENA DEMENTIEVA RUS 41/18  69.49%

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うん、まあー。10か月中6か月しかプレイできなかったにしてはいい成績かな(?)
どうでしょう。ビミョー^^; 勝率8割はさすがです。
大会数が11となっていますが、実際に出場したのは9大会(フェド除く)。出場義務づけ大会2つ(ローマと北京か)がカウントされているのでしょう。セレナやキムもこれを除くと、実際には10大会ぐらいしか出ていないはずです。少ねー。

賞金ランキングではキムがひとり5万ドル越え。これを見ても、今年のプレイヤー・オブ・ザ・イヤーはキムでしょう。

で、勝率ランキングで見ると、セレナ、キム、ビーナス、エナンがトップ4になります。
アベレージランキングになるとまた違ってくるでしょう。ウオズニアッキがもっと上に来るハズです。
この数字が如実に示していると思います。やっぱり今も実力的にはウイリアムズ姉妹とベルジャンズが強ええ! ってことが。エナン、キム、戻ってきてくれて本当にありがとう。と今さらながらに言いたくなります。そしてウイリアムズ姉妹にもサンキューです。でも、この4人がトップにそろい踏みしているランキング表が見られるのは、これが最後かもしれない。いや、できれば来年こそ、この4人でもっとガチンコガチンコしてもらいたい。
しかしまあとにかく年間通じてプレイできる、それが私がエナンに一番望むことです。20大会も出なくていいから。最小ラインの17でいいから。

ALLEZ JUSTINE!





posted by ochappa at 23:04| Comment(24) | TrackBack(0) | 2010/7〜NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月02日

デメの思い出

10月29日(金)、2010年ツアーチャンピオンシップ、ラウンドロビン4日目。
対スキアーボーネの試合が終わって、デメがオンコートで引退を表明しました。
これはまた青天の霹靂。
tennisworldを開けたら、デメが引退スピーチしている! というスレタイがトップにありました。なんじゃあこれ? 
ガオラを見たら、デメがまさにスピーチをしており、愕然としました。
出場選手たちがコートに集合していて、ベラママが端に参列。デメの目に涙はなく、よどみもないスピーチでしたが、一見して優勝スピーチとは違う、妙に温かく湿っぽいものが漂っていました。

なんで? 

年初から、今年で引退と決めていたそうです。

interview

>>ELENA DEMENTIEVA: Well, I always had a dream of winning French Open, so starting you know, playing this season, I just wanted to give myself another try. After Olympic Games, that was the biggest dream of mine. I was so close.

デメ:フレンチオープンに勝つことがずっと夢でした。今シーズンの始めから。オリンピックの後、私はそれに賭けてきました、一番大きな夢でした。とても近づいたのだけど。
<<

§思い出すのは、今年のフレンチオープンのセミファイナルのスキアボーネ戦。第1セットを取られた後。コート上で、サンバイザーの下で、デメが涙を堪えていました。グッと引き下ろしたバイザーの下で唇がわなないていました。悲願のグランドスラムタイトルに手が届く、そのチャンスを自ら手放さなければならない痛恨が伝わってきました。
 今思えば、その程度の痛恨ではなかったのですね。
今年のフレンチは優勝に手が届く大きなチャンスでした。エナンもセレナも負けて、私はストーサーの優勝を予想していましたが、ファイナルにはデメが来ると思っていたし、デメにチャンス到来だな! と思っていたものです。それが左か右か忘れましたが、ふくらはぎの怪我でリタイアとなってしまった。あの時のデメのわななきは、自分が全力賭けて取りたかった夢が消えた瞬間の慟哭でした。

§年初から引退を決めていたが、それは家族と親しい人にしか知らせていなかったそうです。
「引退を言われ続けながらプレイしたくなかったから」だそうです。
また「テニスへの情熱があるうちに引退したかった」とも話しています。ランキングがずるずると落ちていく状態で続けたくなかったということです。「このニュースはボーイフレンド以外はうれしくないでしょうね」と言っていますので、結婚が近いのかもしれません。
ひと言で言うと「潮時です」みたいなことなのですが、デメが、こんなに洗練された、かつ男前な引退をするとは。カッコイイではないですか。泣き言も言わず(言っていたのかもしれませんが)、引退なんておくびにも出さす、スパッ! と後腐れなく。
スパッ! はエナンも同様ですが、何なんでしょう、この違いは。エナンの場合、思い切り後腐れがありました^^;

>> Q. Which is the best moment in your sports career that you would never forget it?
ELENA DEMENTIEVA: Well, there are a couple of things, couple of weeks that I will never forget. I would never forget my first tournament that I won on the tour, because I was waiting for this moment for a long, long time.
I remember I won in Amelia Island, one of the very popular tournament on the tour, beating like four, you know, top 10 players. Beating Justine in the semifinals, saving match point, I still remember that. And then beating Lindsay Davenport in the final, I was so exciting to win my first event.
For sure I will remember all the experience in the Olympic Games. My first Olympic Games in Sydney with a silver medal; disaster in Athens; and for sure the gold medal in Beijing. I will never forget it. That was the best week of my career. Yeah, like I said unforgettable experience.

デメ:初タイトルのことは決して忘れないでしょう。長い長いこと待ち望んだものでした。アメリア・アイランドの大会です。WTAでもポピュラーな大会のひとつです。セミでジュスティーンを破って、マッチポイントをしのいで、今でも覚えています。それからファイナルでリンゼイ・ダベンポートに勝ちました。私の初タイトルでとてもエキサイティングだったわ。
 もちろんオリンピックの経験も忘れないでしょう。私の初めのオリンピックはシドニーで銀メダル。アテネでは散々で、そして北京で金メダル。決して忘れません。私のキャリアで最高の一週間でした。忘れられない思い出です。<<

私も覚えています。2003年のアメリア・アイランド、セミファイナル。
エナンはその前の大会チャールストンで、当時無敵のセレナに勝って優勝。WTAファンの間で大いに盛り上がっていました。それぐらい当時のセレナは強かったし、当時のエナンはブレイク前夜でした。翌週のアメリア・アイランドにも当然、断然、優勝候補として乗り込み、そしてセミのデメ戦、まさかの逆転負けでした。スコアは36,64,75。エナンがデメに初めて負けた試合でした。しかもクレー(グリーンクレーでしたが)だったので、けっこうショックでした。

§デメはハードコートに強い選手という印象がありました。
2000年、初めてベスト4に進出したグランドスラムはUSOPENでした。近い将来トップに来る、そう予想されていたと思います。私はその頃のデメはよく知りませんが、とにかくショットが強い、ハードヒッターというレッテルが貼られていたと思います。だからフレンチオープンが一番の夢だったというコメントは、ちょい意外です。
初めてのグランドスラム決勝進出が2004年フレンチ。この年はエナンが2回戦で早々に敗れたため、ほとんど記憶になく、決勝は見ましたが、驚くほど盛り上がらない展開でミスキナ優勝でした。その後、2008年にクオーター進出という成績があります。でもフレンチが一番欲しかったとは。

→つづき
posted by ochappa at 01:11| Comment(3) | TrackBack(0) | 2010/7〜NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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